【書評】『デザイン思考 = DESIGN THINKING マインドセット+スキルセット』:デジタル時代に「人間中心」の価値を創るための実践ガイド

IT技術の進化やDX(デジタルトランスフォーメーション)が急激に加速する現代において、私たちはともすれば「機能や技術」ばかりに目を奪われがちです。しかし、真のイノベーションとは、それを使う「人間」への深い理解と、その問題が解決された「体験」の創造から始まります 。

本書『デザイン思考 = DESIGN THINKING マインドセット+スキルセット』(廣田章光著、日本経済新聞出版)は、シリコンバレーの先進企業で日常的に活用されているデザイン思考を、日本企業の実態や具体的なスキルセット(思考ツール)と結びつけながら体系的に解説した一冊です。


本書から得る3つの大きな気付き

1. 「人間中心」で体験を創造する(広義のデザイン)

デザインという言葉は、日本では「製品の色や形を生み出し、整える専門職の仕事(狭義)」と捉えられがちです。しかし欧米では、マネジメントやビジネスモデル、社会システムなどの問題を解決する「広義のデザイン」として、誰もが日常的に行う活動として浸透しています。 本書では、人々が抱える潜在的な問題を、クリステンセン教授の提唱する「解決すべき仕事(ジョブ)」の視点から捉え、そのジョブが解決された新しい「体験」そのものをデザインすることの重要性を説いています 。

2. サントリー「クラフトボス」に見る、ITエンジニアへの共感

本書で紹介される具体的な開発事例の中でも、サントリーの「クラフトボス」の開発秘話は非常に印象的です。 開発チームは、従来の缶コーヒーを飲まない層として「ITエンジニア」に注目しました。彼らにインタビューを繰り返し、その日常生活を理解しようとした結果、「長時間パソコンと向き合う孤独な職場で、トラブル対応が多く疲れを感じており、デジタルに関わる業務だからこそアナログ的なぬくもりを大切にしている」という事実(ペイン・ゲイン)を発見しました。 これに基づき、長時間飲み続けられる薄めの味と、ガラス瓶のような手作り感(クラフト)を醸し出すペットボトル容器が開発され、見事に新たな大ヒット市場を創造しました 。これは、特定のユーザー(N=1)に対する深い「観察」と「共感」から生まれた、人間中心デザインの最良の実践例です。

3. 日本企業に宿る「カイゼン」と「試行錯誤(曖昧さとのダンス)」の親和性

興味深いことに、本書はデザイン思考を決して欧米発の全く新しい手法としてではなく、日本企業が高度成長期に実践してきた「カイゼン」「QC」「KJ法」「ワイガヤ」といった生産現場の創造力と多くの共通点を持っていることを明らかにしています。 未知の領域で新しい価値を生むプロセスは、緻密に計画を立ててから行動する「スナイパー」ではなく、現場の断片的な情報からとりあえず標的がありそうな場所に散弾銃を撃って市場の反応を探索し、そこから得られた情報から仮説と行動を修正していく「ハンター」のアプローチが有効です。この「Dance with ambiguity(曖昧さとダンスする)」の試行錯誤こそが、デザイン思考の本質です。


IT講師・エンジニアとしての私の視点

普段、インフラエンジニア向けの基礎知識や情報セキュリティ研修で講師を務めている私にとって、本書の教えは非常に深く突き刺さります。 エンジニアは良かれと思って、強固なセキュリティ(機能)や最新の技術(スペック)をシステムに盛り込もうとします。しかし、使い手である人間の業務体験(ゲイン・ペイン)を置き去りにしてしまっては、そのシステムは機能しません。

世界的ITベンダー企業であるSAPが、顧客の業務を理解しないまま機能を増やす「機能過多」の失敗から脱却するため、開発や営業を含めた全社的な「共通言語」としてデザイン思考を導入したように、私たちエンジニアも「技術中心」から「ユーザーの体験中心」へと視座を転換(リフレーミング)する必要があります。


まとめ:御用聞きエンジニアからの脱却

これからのITエンジニアに求められるのは、クライアントの提示する仕様書通りにインフラを構築する「御用聞き」ではなく、「なぜそれが必要なのか?」「本当の課題(ジョブ)は何か?」を顧客と共に探る(共創する)姿勢です。

本書は、デザイン思考の姿勢(マインドセット)だけでなく、それを具体的に実践するためのツール(スキルセット)が詳細に紹介されているため、単なる理論書に留まらない実践書となっています。 開発現場のリーダーはもちろん、これからのIT業界を担う若手エンジニア、そして彼らを育成するIT講師の方々にとって、視座を引き上げてくれる必読の一冊と言えるでしょう。


※本記事は、廣田章光著『デザイン思考 = DESIGN THINKING マインドセット+スキルセット』(日本経済新聞出版)の書評・感想文として、著作権法に基づく引用・紹介のガイドラインを遵守して作成しています。

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